ruruuunのブログ

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ロンダニーニのピエタ

ミケランジェロの作品といえばどんなものを思い浮かべるだろうか。
精巧なダヴィデ像や、最後の審判は有名なところである。
 
私は、晩年のロンダニーニのピエタがお気に入りだ。
精巧さとは無縁の、受難のキリストをかき抱くマリアの彫刻である。正面から見ると二人の体が見えるが、側面からは一つなのだ。
半ば母なるものに溶け込んでいるように見える。
 
キリストを嘆くマリアでもなく、マリアに守られるキリストでもない。キリストはマリアをおぶるように、マリアはキリストを優しく背後から抱くように、二人は寄り添い、母子の愛情を超えて人間本来の姿に近づいているのではないか。(ミケランジェロの画集より抜粋)
 
この彫刻を見るたび、次の詩を思い出す。
一部抜粋
 
 
わたしは、担いでいたものに磔される
横木に鴉が止まって鳴き、断雲が飛んでゆく。
陽は項に射し、魂の陰影は深く伸びる
紡錘のように白い言葉が纏いつき
屍衣のような彼らの知の体系が包む
解きほぐせば、わたしの芯は無なのだろうか。
遠巻きに見守るあなたは
思い出のように遠く見える。
母上。あなたと共にした日数は
雨上がりの樹に見つけた巣穴の匂いがする。
わたしの受難は何だったのだろう。
語りえないものよ。春雷のように答えてよ。
このわが苦痛よ。限り無く報われてあれ。
母上、わが亡骸を受けとってたもれ。
これはわたしの唯一の贈り物
あなたの産んだものをあなたに返すのです。
一斉に鳩が飛びたち
緑青が吹いた教会の屋根に鐘が響いている。
 
〜聖母哀傷による六つの変奏〜より抜粋
 
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